大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(う)638号 判決

控訴人 被告人 田口婦美

弁護人 高橋正雄

検察官 池田浩三

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人高橋正雄提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

控訴趣意第一、二点について。

憲法第二九条は一般に財産権の不可侵を認めつつ、しかもこれを絶対的のものとせず、公共の福祉のためには制限を受けるものであることを認め、更にこれを公共のために用いる場合には正当な補償をもつてしなければならないことを保障した規定であり、関税法第一一八条第二項は同条第一項と相俟つて同法第一〇九条から第一一一条までの犯罪に係る貨物を没収し、又は没収することのできない場合においてその物の犯罪の行われた時の価格に相当する金額を追徴する旨を規定しているもので、その趣旨は、国が同法第一〇九条乃至第一一一条の犯罪に係る貨物又はこれに代るべき価格が犯人の手に存在することを禁止し、もつて右各法条による取締を励行しようとするに出たものであるから、同法第一一八条第二項の規定するところは憲法第二九条の保障する範囲外の事項に関するものであり、なんら同条に違反するものではない、又関税法第一一八条第二項の規定する没収しないものの犯罪が行われた時の価格とは、そのものの犯罪が行われた当時における国内卸売価格をいうものと解すべきであるから、没収しない犯罪貨物が物品税法所定の課税物件であり、しかも物品税法に違反して物品税を免がれているものであるときは、その物品税相当額をも加算してその犯罪が行われた時の価格を算定すべきことは当然であつて、原判決が被告人の判示一、の所為はいずれも関税法第一一〇条第一項第一号(関税を免かれる罪)同法第一一一条第一項(許可を受けないで輸入する罪)及び物品税法第一八条第一項第二号前段(物品税を免かれる罪)の各罪の想像的競合の関係にある所為であると認め、右関税法違反の罪の犯罪貨物の価格を追徴するにあたり、そのものの物品税相当額をも加算した金額によつて追徴金額を算定しているのは、関税法第一一八条第二項の規定の趣旨とするところに従つて追徴を科しているものというべく、なんら、その趣旨を逸脱しているものと認められないから、原判決は憲法第二九条に違反するものではなく、又関税法、物品税法の解釈適用を誤つたものでもない。しからば原判決には所論のような違法はなく論旨は理由がない。

同第四点について。

関税法第一一八条第二項の規定する没収しないものの犯罪が行われた時の価格とは前記のようにそのものの犯罪が行われた当時における国内卸売価格をいうものと解すべきであるから、その犯罪貨物が許可を受けないで輸入した貨物である場合におけるそのものの犯罪が行われた時の価格は、その貨物の到着価格に関税及び物品税を合算した額にその一定の割合による利潤を加算して算定するを相当とし、単にその貨物の到着価格、関税、及び物品税の合計額によるべきものではない。そして原判決は判示事実を認定する証拠として大蔵事務官作成の鑑定表を挙示しており、この鑑定表には被告人が所定の許可なくして譲受けた原判示一、の貨物の国内卸売価格として、その貨物の到着価格関税、及び物品税を合算した額に更に利潤としてその二割を加算した額を相当額として鑑定する旨の記載があることが認められるので、原判決の被告人に科した追徴金額はこの鑑定表によつたものとみることができるのであるが、原審第二回公判調書によれば、右鑑定表は同公判期日において被告人並びに弁護人がこれを証拠とすることに同意した書面であることが認められるのみならず、鑑定の対象となつた原判示一、の貨物の品質、性能、国内需要度、国内に対する供給量等からみて二割の利潤を加算することは、適正利潤の範囲を超えないものと認められるのであるから、原判決が右鑑定表により原判示一、の貨物の犯罪が行われた時の価格を認定し、これに相当する金額を被告人に対する追徴金額としているのは、相当であるといわねばならない。そこでこの原判決の引用した右鑑定表による原判示一、の貨物の国内卸売価格を合算するにその合計額は金一五万一七四〇円となること算数上明らかであるから、原判決が関税法第一一八条第二項により、被告人に対し、右金額に相当する金額の追徴を言渡していることは正当であり、原判決にはなんら所論のような理由のくいちがいはなく、論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 加納駿平 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人高橋正雄の控訴趣意

第一点原判決には憲法第二十九条に違背する関税法第一一八条を適用した違法がある。

原判決によれば、被告人から金十五万一千七百四十円を追徴する旨判示し、関税法第一一八条二項を適用している。然し関税法に違反した場合、被告人には当該法条による主刑を科した上、逋脱した関税額を追徴すれば被告人に存する不正の利益を剥奪し得るし、その目的が違せられるのである。然るに関税法の前記法条は、犯罪貨物の価格に相当する金額を追徴する旨規定しているが、これは憲法第二九条によつて保障された財産権を不当に侵害するものであり、公共の福祉に名を藉りた不当な規定である。よつて同法を適用した原判決は違法なものである。

第二点原判決には憲法第二十九条に違背して誤つて法令の解釈適用をした違法がある。

関税法第一一八条二項に云う追徴決定の標準となるべき価格とは、犯罪当時に於ける時価を指すものであることは同法の趣旨に徴して明白であるが、同条に云う犯罪が行われた時の価格とは、その貨物の課税価格に関税額を加算した総額を指すものである。然るに原判決は被告人の本件の関税法違反物品税法違反の罪の関係が刑法第五十四条第一項前段に触れる事を理由として、右関税法による追徴価格を前示総額に更に物品税をも更に加算して計算している。これは法令の解釈を誤り、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるのみならず、延いては憲法第二十九条に違背して不当に被告人の財産権を侵害しているものと謂わなければならない。

(その余の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例